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今年もお世話になりました。

30日に最終の忘年会に出席してから新幹線で岡山駅に着いたのが10時過ぎ。
家に着いても耳の遠い母親は私が帰ったことに全く気がつかなかったようで驚いていました。

今年は私にとって激動の年でしたが、来年あたりは我が国に激動が訪れそうな予感もあります。

いろんな状況に耐えられるように日頃から用心しておかないと、と気持ちを新たにして頑張りますので、来年もどうぞ宜しくお願い致します。


高度で専門的な人材  GPIF

まともな感覚なら報酬は辞退するでしょうね。

無い方がマシ、GPIF。





●フジテレビ系(FNN) - Yahoo!ニュース
年間報酬トップ、5兆円の損失を出したGPIFの3,130万円に
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20160924-00000162-fnn-bus_all
フジテレビ系(FNN) 9月24日(土)13時50分配信

報酬トップは、5兆円の損失を出した、独立行政法人だった。
総務省が発表した2015年度の独立行政法人役職員の給与水準によると、理事長らトップの年間報酬が最も多かったのは、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の3,130万円だった。
GPIFは、株価下落などの影響で、2015年度は、5兆3,098億円の赤字を出している。
総務省は「高度で専門的な人材が確保できるよう、給与水準の弾力化を検討することとされており、妥当な水準」と指摘したが、GPIFは、2016年度も4月から6月期だけで、5兆2,342億円の赤字を出した。

最終更新:9月24日(土)13時50分Fuji News Network


1/11 アフタービート 動画

先日のアフタービートで撮影した動画です。
Foxy Moonと梶原さん、それぜれ1曲ずつアップしますよ。


Foxy Moon


梶原 匠


あけましておめでとうございます!

岡山への新幹線は、自由席はやはり満席で座れませんでしたが、大混雑という程でもなくデッキに立って帰りました。
元日の今、米原行きの新幹線はガラガラで自由席にゆったりと座れています。

久し振りに母親の顔を見て、今年の予定などを話し合ってきましたが、父親の七回忌や散髪屋の営業をどうするか等、懸案事項が沢山あって大変です。

とは言っても、たいしてすることもないのでゴロゴロして、次々と食べ物を出してくるので何も考えずに食べていたら食べ過ぎて苦しい状態で、新幹線でじっとして動かないのがツラいです。

実家で読んだ相田和弘さんの本が結構良かったので、今度DVDでも買って観てみようかと思いながら長浜に向かっています。


昨年は嫌なことが多かった年ですが、今年もいろんなことに負けずにやり過ごしたいと思います。

今年もよろしくお願いいたします。


年末に寝坊

今日は帰省のため16:00に新幹線の指定席を予約していたにもかかわらず、昨夜深酒をしたためか昼過ぎから睡魔に襲われて、目が覚めたら15:50。
もはや間に合いません。

この際、指定席は諦めて慌てずにゆっくり帰ることにしようと気を取り直します。


テロで妻を失ったレリスさんのメッセージ和訳全文

引用
朝日新聞デジタル 11/20
「君たちに憎しみあげない」テロ遺族FB文章に共感の輪


 金曜の夜、君たちは素晴らしい人の命を奪った。
私の最愛の人であり、息子の母親だった。でも君たちを憎むつもりはない。
君たちが誰かも知らないし、知りたくもない。君たちは死んだ魂だ。君たちは、神の名において無差別な殺戮(さつりく)をした。
もし神が自らの姿に似せて我々人間をつくったのだとしたら、妻の体に撃ち込まれた銃弾の一つ一つは神の心の傷となっているだろう。

 だから、決して君たちに憎しみという贈り物はあげない。
君たちの望み通りに怒りで応じることは、君たちと同じ無知に屈することになる。
君たちは、私が恐れ、隣人を疑いの目で見つめ、安全のために自由を犠牲にすることを望んだ。
だが君たちの負けだ。(私という)プレーヤーはまだここにいる。

 今朝、ついに妻と再会した。何日も待ち続けた末に。彼女は金曜の夜に出かけた時のまま、そして私が恋に落ちた12年以上前と同じように美しかった。もちろん悲しみに打ちのめされている。君たちの小さな勝利を認めよう。でもそれはごくわずかな時間だけだ。妻はいつも私たちとともにあり、再び巡り合うだろう。君たちが決してたどり着けない自由な魂たちの天国で。

 私と息子は2人になった。でも世界中の軍隊よりも強い。そして君たちのために割く時間はこれ以上ない。昼寝から目覚めたメルビルのところに行かなければいけない。彼は生後17カ月で、いつものようにおやつを食べ、私たちはいつものように遊ぶ。そして幼い彼の人生が幸せで自由であり続けることが君たちを辱めるだろう。彼の憎しみを勝ち取ることもないのだから。

MSG

MSGといってもマイケル・シェンカー・グループではありません。
グルタミン酸ナトリウムの事だそうです。

確かに美味しいんですよね、添加物。









コンビニの弁当工場で働いていて、あまりの怖さからコンビニ弁当を食べないという人もいるそうですね。
確かに独特の臭いがあります。


う~ん、5ms/年で労災認定か。

基準が5ms/以上で、この方は15.7msということみたいですね。
一時的な収入で、数年後に健康を害するというのは悔やむでしょうね。


被ばくで労災認定 白血病の元原発作業員語る 投稿者 tvpickup

「自衛官募集」中学生宅へ直接郵送 住民台帳基に

琉球新報
「自衛官募集」中学生宅へ直接郵送 住民台帳基に

2015年7月29日
男子中学3年生がいる家庭に届けられた陸上自衛隊高等工科学校や自衛官募集のチラシやパンフレット(画像は一部加工しています)
 自衛官の募集業務で自衛隊沖縄地方協力本部はことしから、県内の男子中学3年生のいる家庭に自衛官募集の案内封書を郵送などで直接届ける取り組みを始めた。安全保障関連法案が国会で議論され「徴兵制につながる」との不安も募る中、保護者から「働き掛けを強化する動きに見える。違和感がある」と疑問や懸念の声が上がった。

 自衛隊沖縄地方協力本部石垣出張所によると、従来は陸上自衛隊高等工科学校に進める男子中学3年生の人数分の案内封書を、各中学校に送って保護者に渡るようにしていたが、住民基本台帳から対象者の住所を調べることができることが分かったとして、ことしから郵送したり郵便受けに直接投函(とうかん)したりすることにしたという。

 封書が届いた石垣市内の保護者は「どこで個人情報を得たのか。家庭を回って届けるのも勧誘のよう。その他の公務員でこのような募集はないはずだ。看板掲示や広告だけで十分。高校生だけでなく中学生も直接呼び込むのは疑問だ」と指摘し「安保法制成立に向けた準備のように感じる。不安が強くなった」と話した。

 石垣出張所は住民基本台帳法に基づき、16~17歳の男性が対象の陸自高等工科学校を案内するためとして住民基本台帳を閲覧し、個人情報を入手した。
 自衛隊沖縄地方協力本部は「沖縄は他府県に比べ高等工科への認知が低い。他府県では自衛隊の説明会の依頼も来るが、沖縄はないため広報活動に力を入れることにした」と説明した。その上で「安保法制との関係はない」と話した。郵送は保護者宛てで、直接対象者宅に訪れ届けることにも「問題はない」(石垣出張所)としている。

伊丹万作

昭和21年4月
伊丹万作「戦争責任者の問題」

原文はこちらから

最近、自由映画人連盟の人たちが映画界の戦争責任者を指摘し、その追放を主張しており、主唱者の中には私の名前もまじっているということを聞いた。それがいつどのような形で発表されたのか、くわしいことはまだ聞いていないが、それを見た人たちが私のところに来て、あれはほんとうに君の意見かときくようになった。

そこでこの機会に、この問題に対する私のほんとうの意見を述べて立場を明らかにしておきたいと思うのであるが、実のところ、私にとって、近ごろこの問題ほどわかりにくい問題はない。考えれば考えるほどわからなくなる。そこで、わからないというのはどうわからないのか、それを述べて意見のかわりにしたいと思う。

さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知っている範囲ではおれがだましたのだといった人間はまだ一人もいない

ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつてくる。

多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はっきりしていると思っているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。

たとえば、民間のものは軍や官にだまされたと思っているが、軍や官の中へはいればみな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。

上のほうへ行けば、さらにもつと上のほうからだまされたというにきまっている。すると、最後にはたった一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。

すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かったにちがいないのである。しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに画然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。


「国賊」を見つける同胞の目

このことは、戦争中の末端行政の現われ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といつたような民間の組織がいかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである。

たとえば、最も手近な服装の問題にしても、ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないようなこっけいなことにしてしまったのは、政府でも官庁でもなく、むしろ国民自身だったのである。

私のような病人は、ついに一度もあの醜い戦闘帽というものを持たずにすんだが、たまに外出するとき、普通のあり合わせの帽子をかぶって出ると、たちまち国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせたのは、だれでもない、親愛なる同胞諸君であったことを私は忘れない。

もともと、服装は、実用的要求に幾分かの美的要求が結合したものであつて、思想的表現ではないのである。しかるに我が同胞諸君は、服装をもつて唯一の思想的表現なりと勘違いしたか、そうでなかつたら思想をカムフラージュする最も簡易な隠れ蓑としてそれを愛用したのであろう。

そしてたまたま服装をその本来の意味に扱っている人間を見ると、彼らは眉を逆立てて憤慨するか、ないしは、眉を逆立てる演技をして見せることによって、自分の立場の保鞏(ほきょう)につとめていたのであろう。


諸君は戦争中、ただの一度も自分の子にうそをつかなかったか

少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇ってくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といつたように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であったということはいったい何を意味するのであろうか。

いうまでもなく、これは無計画な癲狂戦争の必然の結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまったためにほかならぬのである。そして、もしも諸君がこの見解の正しさを承認するならば、同じ戦争の間、ほとんど全部の国民が相互にだまし合わなければ生きて行けなかった事実をも、等しく承認されるにちがいないと思う。

しかし、それにもかかわらず、諸君は、依然として自分だけは人をだまさなかったと信じているのではないかと思う。

そこで私は、試みに諸君にきいてみたい。「諸君は戦争中、ただの一度も自分の子にうそをつかなかったか」と。たとえ、はっきりうそを意識しないまでも、戦争中、一度もまちがったことを我子に教えなかつたといいきれる親がはたしているだろうか。

いたいけな子供たちは何もいいはしないが、もしも彼らが批判の眼を持つていたとしたら、彼らから見た世の大人たちは、一人のこらず戦争責任者に見えるにちがいないのである。

もしも我々が、真に良心的に、かつ厳粛に考えるならば、戦争責任とは、そういうものであろうと思う。


騙されたものの責任:騙されることは悪である

しかし、このような考え方は戦争中にだました人間の範囲を思考の中で実際の必要以上に拡張しすぎているのではないかという疑いが起る。

ここで私はその疑いを解くかわりに、だました人間の範囲を最少限にみつもったらどういう結果になるかを考えてみたい。

もちろんその場合は、ごく少数の人間のために、非常に多数の人間がだまされていたことになるわけであるが、はたしてそれによってだまされたものの責任が解消するであろうか。

だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ

しかも、だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。

だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持つている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばっていいこととは、されていないのである。

(中略)


だますものだけでは戦争は起らない

また、もう一つ別の見方から考えると、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかったとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。

つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。

そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。

このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかった事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかった事実とまったくその本質を等しくするものである。

そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。

それは少なくとも個人の尊厳の冒涜、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。

我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣に反省しなかったならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。


「だまされていた」人は、何度でもだまされるだろう

「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。

「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。

一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。

こうして私のような性質のものは、まず自己反省の方面に思考を奪われることが急であって、だました側の責任を追求する仕事には必ずしも同様の興味が持てないのである。

(後略)


一億人を騙すとなると、ウソが多くなってくるものです。
正常な頭なら気が付くほどのウソが・・・

カミさん不細工な方がいい。

 最近、僕の周りにも吾妻光良&スィンギンバッパーズを観てきたという人がいましたが、キャンペーン中なのかなあ?


僕がこう思っている訳ではありません。決して。


10/14 和田静男ライヴ リポート 3/3

 そして、いよいよ和田静男さんのステージです。
さすがに一世を風靡したバンドだけあって、僕でも半分くらいは聞き覚えのある曲だったということはスゴイですね。
和田6

 しかし、坂庭さんもそうですが和田さんもフランクな方で、気さくにお話していただいて緊張もしましたが楽しかったですよ~。何故かシャツの柄もお揃いでビックリしました。
和田1

 僕の役割は和田さんの喉休めということで、途中で3曲唄いましたが「沖縄ベイブルース」と「知らず知らずのうちに」は聞いたことありましたが「ダウンタウンならず者懺悔」は今回初めて聞きました。
和田バンド     クロ&メグミ2-2 和田バンド あさこ

和田さんも、あさこちゃんのピアノに安心して任せているようでした。

 聞いたことはあっても覚えている訳ではないので、ギリギリまで自信がなくて必死で覚えましたが、本番ではなんとか歌詞を飛ばすこともなく唄えてホッとしました。
またギターが3人もいても・・・とは思ったんですけど、ギターなしで唄ったことないし、唄わない間することないし、やはり持って唄うことにしました。
和田&メグミ
 メグミちゃんは、この日はずっと出ずっぱりで大変だったと思いますが、さすがバンマス経験豊富なだけあって的確なアドバイスをありがとう。

和田4
 今回、コーヘイさんは仕切りでいろいろ大変だったと思いますが、楽しいひと時をありがとうございました。

和田バンド

 いつも自分の出番は写真が撮れないので、なかなか自分の写真を載せられませんが、今回はマミーちゃんが撮ってくれたので載せられます。
マミーちゃん、ありがとう。
 そしてウエガキ夫婦に京都組2ndのエダ夫婦、みやこもりのオカムラさん他、観に来ていただいた皆さんも本当にありがとうございました。


ボンバー長谷川「おじさんの夏・2013」:京都組2nd

次は京都組2ndだ!


沙羅&大介 with  水瓶 Live in 花遊小路さらさ

 昨夜は、久しぶりに中井大ちゃんと河野沙羅ちゃんのライヴに行ってきました。

 今回の場所は「花遊小路さらさ」っていうお店で、管楽器で有名な新京極四条の穴沢楽器のすぐ近くにありました。

 初めて行きましたが、ライヴとは関係なしに若いおしゃれな女子が大勢来ていてビックリ!かなりな人気店のようです。
2階の会場に上がってみると、予想以上に広いスペースでかつ落ち着いた雰囲気。

 予約のお客さんで良い席がうまっていて奥の方の席に案内され、そこでビールを飲んでいたところ、大ちゃんがきて前の席に来ていたパイレーツ・カヌーのフィドル、欅さんと合い席にしてくれました。
若い女子2人と同じ席でチョット緊張しましたが、ステージが良く見えたので動画を撮ってきました。
後日、何曲かアップしますね。


月別アーカイブ

修正しました。
以前の記事が探しやすくなりました。

というか、今まで月ごとに1件しか出てこないのでおかしいな、とは思ってましたが、こんなものかと思ってました。


ラビット黒

Author:ラビット黒
いつも来てくれてありがとうございます。

疲れ気味の年代です。
毎日嫌なことが多いですね。
忘れることも必要です。

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