2017 / 09
<< 2017 / 08  - - - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 2017 / 10 >>
*admin*entry*file*plugin| 文字サイズ  

新聞あれこれ 河北新報

河北新報

東北電天下り「暇地獄」  経験者が勤務実態証言
河北新報 7月27日(日)6時10分配信

 原子力行政を担当した宮城県庁OBが東北電力に再就職していた問題で、経験者の一人が勤務実態を証言した。業務らしい業務は与えられず、専門性が問われる局面もなかったという。県は「経験が生かせる職場」と説明するが、OBは「暇すぎて地獄だった」と当時を振り返った。

 OBが勤務したのは2000年以降のこと。デスクは仙台市青葉区の東北電本社に置かれ、勤務は午前8時半から午後5時半だった。午前は「ゆっくりと新聞を読む」のが日課で、午後は自分の勉強に時間を費やした。
 決裁権限は一切なく、社内プロジェクトに参加することもなかった。主な仕事は、社幹部が県庁にあいさつに行く際の日程調整ぐらい。専門性は関係なかった。
 宮城県人事課は、東北電について「県庁で積んだ経験を生かせる職場」と説明している。証言は、こうした県の言い分と食い違いを見せる。
 このOBは「飼い殺しされているようだった。眠気と闘う毎日だった」と言う。
 報酬は年600万円。県庁関係者らによると、業務内容を含めた待遇は現在も大きく変わっていないとみられる。
 OBは労働を伴わない対価に苦痛と罪悪感を覚え、何度も退職を考えた。だが、「次に続く後輩に迷惑が掛かる」と踏みとどまったという。
 県庁時代、「天下り」とされる再就職を意識して仕事をしたことはなかったのか。OBは「そのようなことはなかった」と明言。その上で「福島第1原発事故で再就職の慣例が終わると思っていた。今も続いていることに違和感を覚える」と語った。
 宮城県庁OBの東北電への再就職は1989年に始まった。福島第1原発事故前に7人が経験し、事故後の現在も1人が勤めている。

最終更新:7月27日(日)6時10分河北新報


この記事へのコメント:

この記事へコメント:する















ラビット黒

Author:ラビット黒
いつも来てくれてありがとうございます。

疲れ気味の年代です。
毎日嫌なことが多いですね。
忘れることも必要です。

名前:
メール:
件名:
本文:

QR