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1/16 今夜のNHK Eテレ

 なかなか興味深いですね。今夜のEテレ。




第6回 障害者福祉 共に暮らせる社会を求めて
Eテレ2016年1月16日(土)午後11時~翌0時30分
Eテレ【再放送】2016年1月23日(土)午前0時~午前1時30分(金曜深夜)

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戦後、日本は、障害のある人たちとどう向き合ってきたのか。
戦時中「米食い虫」「非国民」と呼ばれ抑圧されていた障害者。

戦後、困窮する傷痍軍人への対策をきっかけに初めて公的な障害者福祉の制度が生まれた。
1960年代、重度の障害がある子どもの親たちの訴えがきっかけで、国や自治体は「コロニー」と呼ばれる大規模な施設の建設を推進。障害者施設を充実させていった。

ところが1970年代、障害者たちは、閉鎖的で自由のない施設での生活に不満を訴え始めた。都立施設に入所していた三井絹子さんは「施設は社会のゴミ捨て場だ」と、都庁前にテントを貼り座り込んで抗議。
そうした動きを後押ししたのが1981年、国連の「国際障害者年」。障害者も他の人と同じように地域で暮らすべきだという「ノーマライゼーション」の思想が流入、国の政策も施設から地域へと移り変わっていく。
元厚生省障害福祉課長の浅野史郎さんは、「これからは地域福祉だ」と制度作りに邁進。宮城県知事に転身後は、知的障害者施設の“解体宣言”を公表した。

今年4月、「障害者差別解消法」が施行される。障害による差別をなくすため自治体や企業、一人一人の意識改革が求められる。高齢化が進み、誰もが病気や障害と無縁でなくなりつつある今、戦後の障害者政策を当事者や政策立案に関わった人たちの証言をもとにたどり、障害のある人もない人も共に暮らせる社会へのヒントを探る。


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ラビット黒

Author:ラビット黒
いつも来てくれてありがとうございます。

疲れ気味の年代です。
毎日嫌なことが多いですね。
忘れることも必要です。

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